CONTEXT [始まりと終わりの録音] 約30秒
デビューも最後の録音も、
同じ曲だった。
グレン・グールド1955年の録音/1981年の録音『ゴールドベルク変奏曲』
一人のピアニストが、同じ曲で世に出て、同じ曲で去った。
グレン・グールドは1955年、バッハの『ゴールドベルク変奏曲』を録音してレコード・デビューした。速く、乾いた、それまでにない演奏は、この曲を広く知られるものにした。
1981年、グールドはもう一度この曲を録音する。テンポはずっと遅く、アリアは祈るように始まる。そのレコードが出た1982年に、グールドは50歳で亡くなった。
二つの録音のあいだにある26年が、そのまま一人の演奏家の歩みになっている。
型事実ハブ二度の録音
- 意外性
- 共感度
- コンテンツ性
- 世界観近似性
画像:J・S・バッハ『クラヴィーア練習曲集 第4部』初版の表紙(1741)/Public domain/Wikimedia Commons 出典
-
音楽・1741年
バッハ『ゴールドベルク変奏曲』アリアと30の変奏からなる鍵盤作品。1741年ごろに出版された。グレン・グールドの1955年の録音によって、20世紀に広く聴かれる曲になった。
-
[バッハを経由して] ハブ
ジャズのピアニストも、バッハから始め直した。
音楽・1970年
ブラッド・メルドーアメリカのジャズ・ピアニスト。ピアノ・トリオでの演奏のほか、バッハやロックの曲を独自に解釈した録音でも知られる。
-
別の路線へ
書籍・1906年
夏目漱石『草枕』「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」で始まる、画工が非人情の世界を求めて旅する小説。
-
[非人情という共通言語] 事実
枕元にあった二冊は、聖書と『草枕』だった。
人物・1932年
グレン・グールドバッハ演奏で知られ、クラシック音楽における「演奏とは何か」という考え方そのものを変えた20世紀を代表するピアニスト。
-
草枕 から分岐
[画工の目、作家の目] 作者と作品
「非人情」は、漱石自身の宿題だった。
人物・1867年
夏目漱石『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『草枕』『こころ』の作家。熊本の第五高等学校で教えたのち、1900年から英国に留学した。
-
[異国の都の日記] 似ている
漱石はロンドンで、周恩来は東京で書いた。
書籍・1918年
周恩来『十九歳の東京日記』日本に留学していた周恩来が、1918年の東京で書いた日記。神保町、早稲田、浅草、上野、日本橋――19歳の青年が見た百年前の東京が記されている。
-
[若き日の東京] 事実
百年前の留学生は、神田の街を歩いていた。
店・1911年
中国名菜『漢陽楼』明治四十四年創業を掲げる、東京・神田の中国料理店。
-
[東京の中華、百年] 似ている
明治の中華料理店から、駅前の餃子酒場まで。
店
餃子酒場(勝どき店)勝どき駅前の、焼き餃子と酒の店。
-
[今夜のだいやめ] 似ている
「だいやめ」とは、つまり今夜の一杯のこと。
酒
芋焼酎『だいやめ DAIYAME』鹿児島の芋焼酎。ライチを思わせる香りで知られる。名前は、一日の疲れを癒やす晩酌を表す鹿児島の言葉から。
-
[土地の名を背負う酒] 似ている
晩酌の言葉と、村の名前。
ワイナリー
ドメーヌ・テッタ岡山県新見市哲多町でぶどうを育て、ワインを造るワイナリー。名前は土地の名から。
-
だいやめ DAIYAME から分岐
[香りで選ぶ蒸留酒] 似ている
ライチのような芋焼酎と、生の柑橘のジン。
酒
タンカレー No.10英国のジン、タンカレーの上位銘柄。生の柑橘を使って蒸留されることで知られる。
-
漢陽楼 から分岐
[東京の中の隣国] 似ている
神田の中国料理と、赤坂の韓国料理。
店
ヌルンジ(赤坂)東京・赤坂の韓国料理店。店名の「ヌルンジ」は韓国語で、釜の底にできるおこげのこと。



COMMENTS0
まだコメントはありません。このつながりについて、最初のひとことを。
送るときに、名前を一つ作ります。コメントは編集者が確かめてから表示されます。